「輝いてー私・仲間」カテゴリーアーカイブ

輝いてー私・仲間(第14回)

情けは人の為ならず・・・
     青木正夫さん(75)

自治会活動
いつもマウンテンバイクに乗って出かけている

5常会の青木正夫さんは公民館の役員をしていて、令和8年度は文教部の部長となる。6年度は常会長をし、御柱を運営したので大変だったと話す青木さんは、75歳と思えないバイタリティーで、マウンテンバイクに乗って近隣に出掛けていく。

公民館行事の新春レクリエーション大会の受付をする青木さん(右)
公民館行事で5常会の方々との親睦会で楽しむ青木さん(左)
災害ボランティア21回
パソコンに撮りためた写真を説明する

青木さんは2004年から現在に至るまで、21回以上の災害支援のボランティア活動をしている。2004年の新潟県中越地震が初めてのボランティア活動体験で、新潟中越地震、能登沖地震、東日本大震災、鬼怒川の決壊、熊本地震、西日本豪雨、千曲川の決壊、新潟県上越市大雪被害、新潟村上市水害、秋田の水害、そし2024年~現在まで能登半島地震の復興に10回以上足を運んでいる。


資料を見せながらボランティア活動について話す青木さん
ボランティア活動で感じた思いを書いた投稿が新聞に載った記事
おばちゃんとの出会い
能登沖地震、石川県七尾市ボランティアセンターにて説明を聞く
猛暑の中での岡山倉敷水害の床下泥出し作業

新潟県に仕事で行っていた2004年、新潟県中越地震が起きた。見学するくらいの気持ちで車に乗りボランティアに向かう青木さん。そこで一人のおばあちゃんに出会い震度7の地震が起きた家の中の現状を目の当たりにした。生きた心地はしなかっただろうと心情にも触れた。そして寝る場所の確保、台所の片付けなどのお手伝いをして帰る時、潤んだ瞳で深々と「助かりました、ありがとうございました」と言われた。人生で初めて聞いた心の底からの感謝の言葉、苦しみの中でさえ生きる希望を失わなかったおばあちゃんとの出会い、そこで掛けてもらった言葉の重みを感じた事が、今も青木さんをボランティア活動に駆り立て活動の原動力になっている。

2019年千曲川水害でも活躍
千曲川決壊、赤沼水害現場、NHKが取材をした時の様子

地元の千曲川で2019年水害が起きた時も、ボランティア活動に参加した青木さん。被災にあった赤沼、穂保地区では最大3000人のボランティアが集まった。その時神戸から来てくれた高校生と出会い「僕は阪神淡路大震災を経験していませんが、あの時の恩返しです」と言って参加をしていた。ボランティアのパワーと人助けの魂を現場で感じた青木さんは、「困った時はお互い様」の暖かい想いが人と人を結びつけると話をしながら涙を浮かべた。今は後期高齢者の年齢だが、「80代のボランティア仲間に負けないように頑張ります」と意欲的だ。

一期一会
庭に出てスズメが来る木を説明する青木さん
新大阪駅にて、子供に人気の新幹線「ハローキティ号」の前でパチリ

朝は庭に来るスズメの鳴き声で目が覚めると、外に出て話ながら小さな生き物への関心も示す。
青木さんの趣味は“新幹線に乗って旅をする事”。「ただ飲んでいるだけの飲み鉄」と語る。旅の目的はスピードをつまみにビールを飲む事と、一期一会で出会った人と会話を楽しみたいと話してくれた。人と人は一期一会、ボランティア活動で仲間と出会い被災者支援をする青木さんと、新幹線に乗って人との出会いを楽しんでいる青木さん、どちらも人との出会いを生み出す。災害はいつ自分の身に起きてしまうかわからない。「困った時はお互い様」と助け合い、そして支えあいながら社会はあるのだと青木さんは教えてくれました。

輝いて―私・仲間(第13回)

喜んでもらうこと
    それが私の喜び・・横田八重子さん(80)
キッチンで差し入れをする料理を用意する横田さん。喜んでもらえるのがうれしいと話します

11月下旬の朝、横田八重子さん(1常会)の家を訪ねました。横田さんはキッチンで料理を一生懸命入れ物に詰めていました。「公民館でイベントがあり、みんなに食べてもらうの」と言います。つくったのは大きな鍋いっぱいのイチジクのワイン煮と大根の甘酢ユズ漬け、そして一個一個袋に入れた干し柿です。「おいしい」などの反応が何よりもうれしいと言います。

「喜び」へのきっかけ
横田さんが健康推進員のときに考案した「朝陽手のひら体操」。今も公民館で行われています
講師として、男性の料理教室を開いたこともあります

 長い間の会社勤めでしたが65歳で定年退職しました。とたんに地域の役をやってとの要望が押し寄せました。区の健康推進員になり、次いで支部長に。健康のため「朝陽手のひら体操」を考案しました。いまもこの体操は公民館で行われています。続いて福祉推進員になったのをきっかけに朝陽地区社会福祉協議会の理事に就任しました。交流範囲がグンと広がり、たくさんの人脈ができました。

長野市食生活改善推進協議会の勉強会。横田さん(中央)が中心になってにぎやかに進めていきます
「マーガレットの会」の忘年会。イタリア料理を楽しみながら笑いとおしゃべりが途切れません
横田さんが立ち上げた70歳以上限定の「イスでハッピー体操」。みなさん元気です

 そんな交流をもとに長野市食生活改善推進協議会の会員になり、月1回健康料理の勉強会や健康講座を開いています。また、10年前から月1回福祉施設の花壇や庭の草取りなどを行う園芸ボランティアグループ「マーガレットの会」に入会し、年2回自分たちでつくった花の苗を希望者に分けています。2年前には「70歳からのイスでハッピー体操グループ」を立ち上げ、みんなで楽しく責任者として運営を担っています。

喜んでもらえることのうれしさ
横田さんのノート。会合予定がたくさん書かれています
石渡公民館で開かれたイベントで、「おいしいから食べてみて」と参加者に手づくりの料理を勧める横田さん
イベント会場では、横田さんの持ち前の明るさで話が盛り上がります

横田さんの予定表を見せてもらいました。「80歳になったのでだいぶ減らしたのよ」と言いますが、かなりの会合の予定が記入されています。「会合では、なにかつまむものや食べるものがあると盛り上がります」と言います。いわば会合の潤滑油として機会があるごとに「差し入れ」をつくって持ち込むようにしているとのことです。会社勤めのころから、「差し入れ」づくりが好きだったとか。思いつくままにこれまでにつくった「差し入れ」を挙げてもらいました。いちご大福、草餅、五目おこわ、おはぎにおやき、豚汁、けんちん汁、白菜漬け・・・。まだまだあるそうです。

そうはいっても傘寿を迎えました。料理は好きとはいえ、大変な時もあるのでは。「でもね、気持ちを込めてつくって食べてもらう。おいしい、作り方を教えてなどの返事があるととってもうれしいの。大げさにいえばそれが生きていく励みね」

畑でつくったキクをイベント会場にたくさん用意しました。帰りにお土産として持っていってもらうとのことです
石渡公民館のカーテン。横田さんが自宅で使っていたカーテンです。寸法を直して洗濯して寄付したとのことです

自宅裏には38坪の畑がある。1年を通して大根、ほうれん草、レタス、ナスやキュウリなどを栽培しています。収穫するとそれらを友人や知人におすそ分けしています。「ありがとう」の一言が元気のもとになっています。石渡公民館の緑色のカーテンも横田さんが寄付しました。古くなったので付け替える話があった。「でも買えば高いし、家にあったので寸法を直し洗濯して寄付しました。役に立っているのがうれしい」と話しています。

不安を超えて
自宅の庭ではほうれん草や大根など一年中野菜をつくっており、友人におすそ分けしています

8年前にご主人を亡くしましたが、明るく元気に生活しています。しかし、ひざの関節が悪化しました。今年8月に左ひざの手術をして人工関節を入れました。来年1月には右ひざを手術する予定です。右ひざを手術すると当分の間、車のアクセルやブレーキを踏めなくなるため運転はできなくなります。行動範囲が大幅に狭くなります。横田さんは「心配してもしょうがない。リハビリを頑張って、またたくさん差し入れをつくってみんなに喜んでもらうんだ。それが私の一番の励み」と話しています。横田さんの話を聞いていると、「利己」よりも「利他」…こんな言葉が浮かんできました。

輝いてー私・仲間(第12回)

神楽に魅せられて・・・小川夏樹さん(55)

1人3役

 神楽(かぐら)とは、神様に奉納するために奏でられる歌舞といわれます。石渡地区では120年以上も前から石渡八幡神社で奉納されている伝統芸能です。神楽は主に獅子舞、横笛、太鼓で構成され、それぞれ担当する人が演じますが、1人で3つの役を演じることができるのは難しく、約30人いる石渡神楽保存会のなかでも、できるのは2人だけ。そのうちの1人が小川夏樹さん(3常会)です。神楽保存会長の広沢幸一さん(3常会)は「前夜祭の巡行などでどうしても交代しなければならない時が生まれます。そんな時、3つの役割ができる小川さんは貴重な戦力です」と話しています。

獅子舞、笛、太鼓。1人で3役を演じる小川夏樹さんです

出 合 い

 長野市に本社のある建設会社に就職、結婚した31歳の時に石渡に移り住みました。長女が小学5年になり奥さんが育成会長に。地域との交流が生まれました。それが縁で小川さんにも神楽保存会への誘いの声が掛かりました。43歳の時です。けいこを見ました。「楽しそう。やってみよう」。神楽との出合いでした。

練 習

前夜祭を間近に控え、神楽の特訓が始まりました。小川さん(手前)は獅子舞のけいこです

 月2回の練習日には積極的に参加しました。かなり重い獅子舞の頭のなかでは横棒をくわえ、中腰でさらに内股で舞うのでかなり疲れます。終われば汗びっしょりになります。獅子舞で叩く太鼓も、舞いはなくても床を叩いて何度も何度も練習しました。

 笛はとくに苦労したといいます。子どものころからやっていれば上手くなるといわれます。でも小川さんが始めたのは40代。「きれいな音が出なくて…。上手い人の音色に聞きほれました」。

 とにかく練習しました。時には運動公園や千曲川河川敷に行って車の中での練習です。「初めてきれいな音が出たときは本当にうれしかった」と話します。

太鼓を叩く小川さん。真剣です。獅子はそのリズムに合わせて舞いました
笛は、人知れず車の中でずいぶん練習しました
特訓のあとの慰労会。小川さん(中央)はまだ緊張が続いているようです。表情が硬い

前夜祭(宵祭り)

前夜祭当夜です。小川さんの吹く笛のきれいな音色で、獅子舞は盛り上がりました
小川さんは、道中ばやしに合わせて区内を巡行する神楽屋台の太鼓を叩き続けました。歩きながら合わせるのが苦労です

 石渡神楽保存会の最大のイベントは、毎年10月に2日間かけて行われる秋祭りのうちの前夜祭です。提灯で飾った神楽屋台が2台。東と西のコースに分かれて大きな提灯を掲げて、笛と太鼓で道中ばやしを奏でながら区内を巡行します。途中、希望のあった家では家内安全などを祈念して獅子舞を舞います。太鼓を叩きながら、笛を吹きながら、家々で獅子舞を舞いながらの巡行はかなり疲れます。担当を交代せざるを得なくなります。そんな時に3つの役ができる小川さんは貴重な担い手になります。  実際に今年10月12日の前夜祭では、小川さんは神楽屋台に寄り添って太鼓を叩いたり、そばで笛を吹いたり、家のなかでは舞いを舞ったり・・・。大活躍でした。「舞いを舞った後、家の人に『良かったよ』『ありがとう』と言われたときは疲れなど吹っ飛んじゃいますね、うれしくて」と話します。

「家内安全」を祈念して獅子舞を舞い終わってのあいさつ。「ありがとう」「ご苦労さま」の言葉がとてもうれしいとか

やりがいと誇り

 自分の性格を地味でアピール力が足りないと思っています。でも、獅子舞や笛などで拍手をもらったりすると気持ちが盛り上がる。だから神楽はやりがいがあり、人一倍素晴らしい芸能だと思っています。「演技に対しての拍手や声援のうれしさと、伝統芸能を自分だって支えているんだという誇り。石渡にいる限り、神楽は続けますよ」ときっぱり。
 「石渡にいる限り」とは? 小川さんは小諸市の出身です。実家には高齢の母親が一人で暮らしいます。心配です。将来はどうするか、いまの段階では分かりません。
 「いまは、神楽を続けることで伝統芸能を守り、それを若い人に伝えていけたらと思っています」と小川さんは話してくれました。

神楽の楽しさを知ってもらおうと開いた体験会。伝統芸能を若い人に伝えたいと、子どもたちに熱心に笛の吹き方を教えていました

輝いてー私・仲間(第11回)

感動を作品に・・・石渡写真クラブ

 「『写真』は『写心』。心とは感動。その感動を作品にしてほしい」・・・。石渡写真クラブの講師、増田今雄さん(76)が機会あるごとに強調するアドバイスです。会員はこの言葉を胸に、感動を探してどんな素晴らしいワンショットにするか、フィールドワークを行っています。

発 足

例会終了後、全員そろって撮影しました。笑顔がいっぱい見られ、クラブの和や かな雰囲気がうかがえます

 写真クラブの発起人は9常会の広沢一由さん(75)です。趣味のカメラのデジタル化が急速に進んで撮影の可能性が大きく広がりました。腕を磨くには仲間があったほうがいいと思い、友人に声をかけました。
 信濃毎日新聞元写真部長で各地で講師や審査員を務める5常会の増田さんが講師として参加を快諾、9人で平成28年5月にスタートしました。昨年には2人の女性も加わり、会員は50代から70代の13人になっています。

増田今雄さんインタビュー

「感動を探すために旅をして」と話す講師の増田今雄さん

 
 石渡写真クラブ講師の増田今雄さんに写真の撮り方などを聞きました。

ー 良い写真とはどんなものですか
 写真は撮るだけでなく、人に見てもらうことで終結します。見た人が「いいなあ」、「すごい」など心を動かされる、つまり感動する作品が良い写真といえます。

ー 良い写真の撮り方を教えてください
 写真は「写心」という言葉に置き換えられます。「いいな」と眼を通して感動した対象(風景や人物など)を、カメラ(レンズ)を通して記録し、感動する作品に表現、仕上げることです。このギャップが難しい。技術的な問題もありますが、なによりも感動する被写体を求めて旅をしたり、一瞬の納得ゆくショットのために長時間じっと耐える…。こうした心構えが大切です。

写真をやると若さが保てる

 「写真をやると若さが保てる」と増田さん。その理由を写真界の巨匠、故細江英公さんの受け売りとしつつ①何を撮ろうかと考える(頭を使う)②武器のカメラ・レンズを駆使する③仲間ができ、被写体となる人との交流が生まれる④記録、保存、プリントなど再度頭を使う⑤展示により感動の輪が広がる。「写真はズクのいる趣味です」とも。

増田今雄さんの略歴

1949年、松本市生まれ。元信濃毎日新聞写真部長。
長野県カルチャーセンター写真教室や写真クラブで講師を務め、各種写真コンテストの審査、講評などを行っている。
著書に「新しなの動植物記」「南アルプス」(以上共著)
「希少種はいま」「増える変わる生態系の行方」などがある。5常会在住。

活 動

例会では、会員が持ち寄った作品を1枚ずつ映して全員が注目します
パソコンを前にして講師の増田今雄さんが講評。会員のみなさんは熱心に聞き入り、メモを取る姿も
講師の増田さん(手前)は、会員が提出した撮影場所や気持ちを書いたメモを見ながら、作品を丁寧に講評しました

 中心は毎月第2木曜日に石渡公民館で開く例会です。
 会員それぞれが撮った作品を1~2点持ち寄り、講師の増田さんがプロジェクターで大きく投影します。
 撮影者が添えた作品のコメントを見ながら、増田さんが「もう少し上の部分をカットするとグンと良くなります」「何を表現したいのかをしっかり考えて」など講評。
 熱心にメモをとる会員もいます。「目で見て感動しても、レンズを通すとうまく表現できない。そんな落差を埋められるようアドバイスしています」と増田さんは言います。





野外研修

6月に行われた大座法師池周辺での野外研修です。会員は講師の説明や注意を聞いたあと、気に入った対象を探して散っていきました
戸隠・飯綱高原での野外研修(令和元年)
令和6年度文化祭に出展

 今年は6月に飯綱高原の大座法師池周辺で行いました。増田さんが全員を集めて、どんな狙いで撮影するのか、雨模様に注意してなど説明。会員はそれぞれ感動する対象を探しながら池の周辺を歩き回っていました。古くは令和元年5月に戸隠・飯綱高原での野外研修があります。みんなで記念写真を撮ったのが懐かしいとか。
 このほか、クラブ発足の翌年から区の文化祭へは毎年1人2点を額に入れて出品。毎月の例会で出された作品と講評は、区の公式ホームページ「石渡つうしん」にアップしています。


計 画

 もっと撮影時間とチャンスが多い1泊2日の研修旅行ができないか、との声もあり検討中といいます。さらに会員のお気に入りの写真を掲載したカレンダー制作も計画しており、公民館に展示して区民へのアピールと会員募集を呼びかける狙いです。
 写真クラブの部長、竹内一郎さん(76)=2常会=は「講師のアドバイスを受けながら、それぞれが腕を磨いて写真技術をパワーアップしていきたい。会員同士が交流しながら楽しい雰囲気のクラブであるので、今後もそんなクラブでいきたいです」と話しています。

私と写真

 写真撮影の楽しさや、難しさ、カメラとの関りや仲間との交流など、これまでの思い入れのある写真を添えて、それぞれの思いを書いていただきました。

倉澤利和さん(74歳・2常会)

 写真とので出会いは平成28年の石渡写真クラブの発足からになります。最近はスマホで撮る作品がほとんどですが、せっかく購入した一眼レフカメラがありますので、増田先生からご指導いただいた事を噛みしめていきます。

倉澤利和さん
【元気です(5年たちました)】
小池公雄さん(77歳・8常会)

 足が竦む様な釣り尾根歩き、吸い込まれそうな深い谷、振り返れば滝雲が流れていたり、高山植物が咲き誇るなど、山歩きをしていて感動したシーンを帰宅してからもう一度味わいたいと始めたカメラですが、扱いはど素人。
 この歳になって昨年から写真クラブにお世話になり、基礎から教えて戴いています。増田講師の講評と月例会が楽しみな此の頃です。

小池公雄さん
【薄暮夜桜】
小島真由美さん(5常会)

 趣味はありますか?と聞かれた時、何も答えられない状態でした。前々から写真を上手に撮れるようになりたいと思っていたところ、昨年の公民館文化祭時、倉澤利和さんに写真クラブの楽しさを教えていただき入会しました。
 写真クラブの皆さんの写真を見て学ぶ事が多く参考にしています。 写真の技術はこれからですが、とても楽しいです。趣味は「写真」と言えるようにいろいろ撮影したいです。

小島真由美さん
【可愛いでしょ?さぁおやつ!】
後藤祥子さん(6常会)

 写真の中に写し出すものは、被写体だけではなく思いも届けてくれる。私は1本の林檎の木に出会い「あるがままでいいよ・」と林檎の木が言っているようで、この感動をカメラに収めた。こんな林檎の木があるよ・・と。 私が写真を撮る原点はここにある。それは美しさ・楽しさ・好奇心・エール・悲しさ・喜び・寂しさ・発見などの気持ちを写真で届けたい、そのために撮り方・表現方法を石渡写真クラブの皆さんと交流しながら楽しく学んでいきたい。

後藤祥子
【あなたの実り方でいいよ・・】
髙山三良さん(77歳・2常会)

 昔の家の木戸は節穴があって外の風景が障子に綺麗なカラーで映っていました。まさに針穴写真機です。写真に興味をもったキッカケかもしれません。
 写真の魅力はどんなものでも「作品」にできることだと思います。雑草でも虫けらでも石っころでも。ファインダーを覗きながら「君が主役だよ」と声をかけながらシャターを押します。伝わっていると思っています。

髙山三良さん
【私が主役】
竹内一郎さん(76歳・2常会)

 小学校のころ善光寺から新田町の交差点まで、吹奏楽のパレードがありました。まだカメラが無いころでしたので、おもちゃ同然のカメラで行進している人たちを撮りましたのが良く写っていました。車が好きで車ばっかり撮っていました。
 いろいろと撮りましたが、これといったものが無くて少しカメラのことは忘れていましたが、石渡写真クラブがあることを知り、再び写真を撮りたい気持ちになり、クラブに入りました。

竹内一郎さん
【雪炎】
中島弘さん(79歳・5常会)

 中学生の時に写真部に所属し、フィルムの現像から焼き付けまで自家処理して遊んでいました。それ以来写真は常に身近にあり、リタイヤ後10年間写真の仕事をしましたが、現在は趣味として楽しんでいます。
 写真は感性の表現であり、仲間の写真からの刺激、増田先生の適切なアドバイスは感性を磨く糧になっています。仲間と一緒に写真を楽しむことはかけがいのない宝物です。
 カメラがデジタル化し機能、性能は日々進化しています。覚えることが山ほどあり、いい頭の体操になっていると思います。これからも写材を求めて走り回りたいと考えています。

中島弘さん
【ここに生きる】
広沢一由さん(75歳・9常会)

 写真(カメラ)との出会いは、会社に就職してからでした。その頃のカメラはアナログ(フィルム)でした。1本のフィルムを有効にという思いから、オリンパスのハーフカメラ(35mmを半分ずつ使用)を買いました。しかし大失敗!視界が半分に!しばらくしてOM-1に更改、今はCanon EOSで自己の感動を共有してもらおうと試行錯誤してます。写真県展等で観るような写真が一枚も撮れませんが、会員の皆さんとの写真交流や飲みにケーション等が楽しみです。

廣沢一由さん
【いい日旅立ち】
牧内二郎さん(60歳・6常会)

 写真は全くの初心者でスマホやコンパクトカメラ、ドローンで撮っています。目で見た感動をどうやったら伝えられるか悩みますが、季節の風景や日常の一瞬を切り取るのが楽しくなってきました。
 例会での講評や会員同士の交流が励みになっています。

牧内二郎さん
【分杭峠の木漏れ日】
宮澤一成さん(67歳・7常会)

 これまでの私は、色々なスポーツを趣味として来ましたが、これからは、余り年齢に関係のない趣味も良いのではないかと思い、写真クラブに入部しました。
 それまでの私は、写真は全てオート機能で撮影していましたが、講師の増田先生から、カメラには様々な機能があることを教わり、現在奮闘中です。
 これからも、出来るだけ多くの写真を撮り、腕を磨きたいと思っています。

宮澤一成さん
【三点倒立】

輝いてー私・仲間(第10回)

 趣味の達人・・・畑敏雄さん、光子さん夫妻
互いの趣味について語り合う畑敏雄さん、光子さん夫妻。共通の話題があって楽しそうです

 8常会の畑敏雄さん(77)、光子さん(76)夫妻は、それぞれがたくさんの趣味を楽しんでいる。畑さんは38年間、警察官として勤務、定年退職後に趣味の楽しさに目覚めた。「現職のころは仕事が忙しく、無趣味が趣味だと豪語していました」と笑う。光子さんは畑さんと一緒に県内外19か所を引っ越し、その地で持ち前の好奇心から手芸などさまざまな趣味を覚えたという。畑さんの趣味から紹介すると…。

盆 栽
赤松の盆栽。畑さん自慢の作品。幹を針金で縛って曲げた。20年かけて仕上げた

 自宅の庭には約80鉢の作品が並んでいる。赤松や真柏、五葉松を中心に育てている。義父が育てた作品を見て「いいな」と感じ、17年前に引き継いだ。長い時間をかけて小さな鉢の中に木の美しさを追求するのが魅力。それには一年を通して植え替えや芽摘み、枝の剪定や整形など丹精を込める。大変だがそれが楽しみでもある。

盆栽の手入れをする畑さん。子どもを育てるような気持が大切という
詩 吟
1常会の小山のぶ代さんの指導で詩吟を習っている。おなかから声を出すのでストレス解消にいいと説明する

 生前の母親がやっていたので関心があった。12年前から始めた。今は1常会の小山のぶ代さんに師事して岳風流を習っている。「漢詩や和歌を覚えることで脳の活性化につながるし、腹式呼吸なので体にいいんです」と詩吟の魅力を話す。お祝いの席などで吟じれば喜ばれるし、同じ生徒同士の交流も楽しいという。

ペタンク

 友人に誘われて平成元年に石渡ペタンク愛好会に入った。この4月から会長になり15人の仲間と毎週、5常会の公園でプレーを楽しんでいる。目標球に対していかにボールを近づけるか、力加減が難しい。会長として楽しい雰囲気を盛り上げるため仲間への声援や励ましにも気を配っている。

5常会の公園でペタンクを楽しむ。力の加減がなかなかに難しい
ペタンク愛好会の会長として雰囲気を盛り上げるため、「ナイスプレー」など会員にはよく声をかける
木遣り歌
区の文化祭で木遣り歌を披露する石渡八寿喜会のメンバー。毎年恒例になっている

 そろいの半てんに黒の腹掛け、鉢巻を締めて声高らかに木遣り歌を歌う石渡八寿喜会に11年前に入った。毎年石渡八幡神社の祭礼で氏子や区の役員の行列を先導したり、公民館文化祭で美声を披露している。毎月2回公民館で練習をしている。個性派の会員が多く練習後の懇親会は話題が豊富で交流が楽しい。

公園ボランティア
8常会の公園を整備している「いこいの会」の会員たち。花壇の草を取ったり花を植えたりして美化に取り組んでいる

 畑さんの家は8常会の公園に隣接している。以前、公園は雑草が生い茂り荒廃していた。「人が集う公園にしよう」―畑さんらの呼びかけでボランティアグループ「いこいの会」が生まれ、公園の再生に取り組んでいる。花壇をつくって毎年草取りをしたり、花苗や球根を植えている。こうした活動を10年間続けている。市から「ながの緑大賞・奨励賞」をもらった。

 そのほか、菊づくりに取り組んだり、マレットゴルフを楽しむ「石渡ⅯG同好会」や、毎朝運動公園で行っている「ラジオ体操」、毎週石渡公民館で行っている「元気はつらつ体操」に参加しており、「地域に溶け込む」ことを心がけているという。

光子さんの趣味
畑光子さん自慢の木彫り作品。ほんの一部とか。着ているワンピースは母親からもらった着物をリメークした。後ろの洋服も同じリメーク作品

 負けず劣らず趣味は多い。子育てや親の介護をしながら、19回の引っ越し先でその土地で出合った作品に興味を持ち、腕を磨いたという。例えば長野市では編み物や陶芸、須坂市では草木染や機織り、塩尻市では沈金と漆工芸、上田市では木彫り、松本市ではレザークラフトなどなど。今は木彫りが中心。「立体的にするのが難しいが達成感があります」。多くの趣味を支えているのが持って生まれた好奇心の強さ。「これが若さと健康を保つ力です」と笑った。

転勤先の塩尻市で覚えた沈金作品。微妙に細い彫りが難しいという
モットー

 畑さん夫妻には、二人とも後期高齢者になり、体の機能も衰えている中で、自分らしく生き生きと生きたいと思って、心がけている言葉がある。それが「今日、行くところがある」「今日、することがある」という考え。だから趣味に積極的に取り組んでいる。「趣味は老後の活性剤」だ。

輝いてー私・仲間(第9回)

福祉は私の居場所・・・峯村 佳子さん

やさしい笑顔が特徴の峯村佳子さん

 「名は体を表す」といわれる。が、それ以上に「顔はその人の心のありようを表す」と思う。左の写真を見てほしい。4常会の峯村佳子(みねむら・よしこ)さん。59歳。柔和でゆったりとした表情は、峯村さんの内面を表しているようだ。そんな心で長い間、福祉と関わっている。峯村さんは「これまでもこれからも、福祉という世界に身を置いていくつもりです。福祉は私の居場所」と話す。

出合い
福祉関係のチラシのイラストやクイズ創作に取り組む峯村さん。アイディアを考えるのは苦しいけれど楽しい
さまざまな福祉関連のチラシには、峯村さんの描いたイラストがたくさん載っている

 石渡の生まれ育ち。高校1年の時に長野市内のボランティアサークルに入った。国際障害者年を記念して長野市民会館でわたぼうしコンサートが開かれた。長野駅前でチラシを配ったり、街頭で歌を歌ってキャンペーンを手伝ったのが福祉との出合いだった。その後、美術専門学校で学びデザイン事務所に就職した。その後結婚して子育てに取り組む中、福祉と関わる気持ちは絶えず心の中に生きていた。

「ささえ愛あさひ通信」
「ささえ愛あさひ通信」の3月号の打ち合わせ。楽しそうにアイディアが飛び交っていました(朝陽地区ボランティアセンター)

 主に取り組んでいる活動に、2か月に1回発行している「ささえ愛あさひ通信」がある。令和2年に、地域の力を育てたいと、峯村さんを含む6人の編集委員がこんな願いを込めて立ち上げた。内容は、だれでも集える朝陽地区の居場所の紹介や、講演会や会議のお知らせ、ちょっといい話などなど。峯村さんが力を発揮しているのが紙面を豊富に飾るイラストだ。似顔絵や地図、挿し絵、そしてクイズの創作。たとえば「そうじが好きな鳥って?」「よく転ぶ虫って?」など。峯村さんが脂汗をかきながら考えてイラストにまとめた作品だ。若いころ、美術専門学校で学んだスキルをフルに生かしている。

「ボラセン」との付き合い
「ボランティアかわらばん」の新年号の打ち合わせ。最終とあって真剣な表情だ(長野市ボランティアセンター)

 長野市ボランティアセンター(ボラセン)内にあるかわらばん編集委員会のメンバーでもある。ここが発行している「ボランティアかわらばん」は、市内のボランティア団体の活動報告や居場所の紹介、講演会のお知らせなど8ページにわたって福祉に関する情報を豊富に掲載している冊子。毎月1回発行している。峯村さんは10数年前に参加したが途中でいったん中断、最近カムバックして、表紙のユーモアある似顔絵や中身のイラストをはじめ、レイアウトも担当、グンと親しみやすい紙面になったとの評判だ。

おとなの祭
毎月石渡公民館で開いている「童心に帰る夢賛歌」。実行委員の一人としてチラシをつくったり、当日は椅子の片付けなど下支えをしている

 毎月、石渡公民館に大勢の人が集まって童謡や唱歌、歌謡曲などを一緒に歌って楽しんでいる「童心に帰る夢賛歌」。コロナ禍以後、自宅に閉じこもりがちな高齢者などの交流の場を作ろうと、5常会の関保雄さんが呼びかけて実行委員会を発足させた。峯村さんは6人の実行委員の1人。毎月のお知らせ回覧のイラストやレイアウトに取り組んでいる。当日はもちろん椅子を出したり片づけたりもする。「おなかの中から声を出して、みんなと一緒に歌うのって楽しい。タイトルの通り童心に帰ります」と笑う。

民生児童委員
民生児童委員として訪問活動に出かける峯村さん。月に2回同じお宅を訪れるケースもある

 令和4年12月に請われて就いた。一人暮らしのお年寄りや障害のある人などの訪問や相談、見守り。そして子どもへの声掛けなどが仕事。1年に数回から月に2回訪問している。

福祉の原点、それは人を想うこと
昨年11月に開かれた石渡区福祉懇談会にも参加、地域の問題について活発に発言している(左から2人目)

 定期的に公民館で開いている「元気はつらつ体操」「お茶のみサロン」など関わっているボランティア活動は多い。「やっていることは大変といえば大変。でもやりがいはあります。人と人とのお付き合いが好きだし、相手を思いやることが大切だと思っています」。峯村さんの話と行動は、福祉の原点とは人を想うこと、と教えてくれている。

(了)

輝いてー私・仲間(第8回)

奮闘!多彩なボランティア活動を展開
  ・・・広沢 幸一さん

本業は行政書士
事業所などから依頼された申請書類を作成する広沢幸一さん。「書類に追われることもあります」とのこと

 広沢幸一(ひろさわ・ゆきかず)さんの自宅玄関前には「行政書士事務所」との看板が置かれている。広沢さんの本業だ。長野市内の会社に勤めている中で、法律の勉強をしたくなり、行政書士という資格を知った。勤めの傍ら、独学で勉強を始めたが合格率は当時2~4%と厳しい世界。仕事を辞めて背水の陣で挑戦し、4回目で合格。50歳で開業した。

 仕事は、事業所が役所などに提出する書類を代わって作成する。範囲はとても広いが、今は自動車関連の申請書類の作成が中心。「忙しくて、書類に追われることもある。ありがたいのだか…」と笑う。そんな中で、多彩なボランティア活動を展開しているからすごい!。主なものを紹介すると…。

石渡神楽保存会会長
秋祭りが迫り、保存会会長として舞の仕草などにアドバイスを送ります
舞や笛、太鼓の合同練習では、自ら太鼓を叩きながら全体の仕上がりに耳を傾けます
神楽体験会では親子に呼びかけて、獅子舞や笛の楽しさを説明。獅子の頭を裏返しにして中の構造を説明する広沢さん(右)

 昔、公民館役員をしている時に保存会の「狂い獅子」という舞を見て感動した。保存会に入り5年前に会長に就いた。保存会の最大のイベントは石渡八幡神社の秋祭り。区内を練り歩いたり境内の特設舞台で舞を舞う。通常の月2回の練習に加え、直前には1週間通しで毎晩けいこを続ける。自ら太鼓を叩き舞やお囃子のアドバイスをする。  一方、毎年神楽体験会を開いている。後継者の掘り起こしが狙いだ。親子に参加を呼びかけて獅子舞や笛の楽しさを説明する。「子供たちもやがて就職して地元を離れてしまう。後継者が心配。でも120年以上も続くこの伝統を絶やすことはしない」と力を込めて話す。

石渡八幡神社氏子総代
令和6年度の氏子総代として秋祭りで玉ぐしを納める広沢さん。いくぶん緊張気味です

 令和6年度の総代を引き受け、新しい仕組みをつくった。これまで祭りを見てきて、毎年役員が変わるため提灯や幟、拝殿内の飾りつけなどがスムーズに進まないことに気が付いた。氏子や神楽保存会、常会長ら祭り担当経験者などでつくる「祭典協力員」を発足させた。その年の祭り担当者にノウハウをアドバイスするのが任務だ。

公民館を出発して神社に向かう行列の先頭に立っておごそかに行進しました
石渡麻雀クラブ会計
麻雀の例会日。会費や参加費を集めるのも会計担当の広沢さんの仕事。次から次へと対応していました

 毎月第2日曜日に公民館で開いている例会。12年前の設立当初から参加、若かったため会計を任じられた。会員は約20人。当日は会費や参加費の徴収をはじめ、毎回の個人個人の点数計算を記録して忘年会の表彰式のデータにしたり賞品を準備する。毎月のゲーム後の懇親会のための飲み物やつまみなどの買い出しもかなり大変だ。「まあ、引き受けたからにはちゃんとやります」とつぶやいた。

例会が終わり懇親会の始まりです。腕を競い合ったことはいったん忘れて、みんなで「かんぱ~い」
懇親会のために広沢さんが用意したお酒などです。買い出しが大変でしょう
年末の忘年会を兼ねた表彰式。会員1人1人の1年間の点数を合計、賞品を用意して渡すのも広沢さんの仕事です
長野マラソン応援シールづくり
広沢さんがつくった2種類の長野マラソン応援シール。600枚がすべて配られました。ユニホームや靴に張り付けることができます
応援シールをもらう長野マラソン参加の選手たち。「シールに力をもらって完走します」とうれしそうに受け取っていました

 長野マラソンの参加者に配っている応援シール。東日本大震災やコロナ禍で中止していたが、今年の長野マラソンで5年ぶりに再開した。パソコンを駆使してこのシールをつくっているのが広沢さん。選手が走る前に石渡八幡神社にお参りしたらうまく走れたとの話があった。それなら神社にお参りする選手に応援シールをつくって配ろうと始めた。今年は2種類600枚をつくった。いまではシールを楽しみに参拝する選手が行列をつくる。応援シールの配布は広沢さんも所属している木遣りを唄う石渡八寿喜会のメンバーが引き受けている。

信条は「なんとかなる」

 本業の仕事はかなり忙しいという。「そんなにいろいろやって仕事は大丈夫?」との質問に「厳しいときもあるが、やるからには一生懸命やる。好奇心もあるし、面白い」という。もちろん、仕事やボランティア活動で心配やイヤなこともある。そんなときには「明日をのみ思いわずらう」ではなく、「明日は明日の風が吹く」と思って乗り越えているとのこと。広沢さんの強い使命感と情熱に裏打ちされた言葉と受け止めた。

(了)

輝いてー私・仲間(第7回)

山を愛し、人生を楽しむ男たち
・・・石渡三楽(さんがく)同好会

反省会と懇親会
石渡区内のファミリーレストランで開いた御嶽山登山の反省会。その中で次回の登山を苗場山と決めました

9月中旬の石渡区内のファミリーレストランに石渡三楽同好会のメンバー5人が集まった。会長の倉澤利雄さん(80)、幹事の関保雄さん(76)、記録写真の倉澤利和さん(74)、同じく中島弘さん(78)、会計と渉外の吉野正年さん(71)。それぞれが役割を担っています。

会議は終わり、恒例の懇親会が「かんぱ~い」の声でスタート。にぎやかです

9月初旬に登った御嶽山・剣ヶ峰についての感想を述べあった。「山頂付近はガスが出て景観がよくなかった」「山は中高年が多いんだが、御嶽山は意外に若い人が多かった」。最後に次回の登山は長野・新潟県境の苗場山に決めた。続いて恒例の懇親会が始まった。ジョッキを手に「かんぱ~い」。にぎやかな会話が飛び交う元気なシニアたちの飲み会だ。

三楽とは
令和5年12月の石渡山楽同好会の忘年会。「来年も楽しもう」と乾杯しました

山好きなのに「山岳同好会」ではなく、なぜ「三楽同好会」なのだろうか。関さんによると、遊びに三つの楽しみを見出し、楽しさを3倍にしようという願いから名付けたという。分かりやすく言えば、「山・温泉・酒」という三位一体で初めて「三楽」になる。この三つ楽しみがあるからこそ、設立から10年近く経っても5人のメンバーが変わらないで続いているという。

誕生、そして現在

倉澤(利)さんと関さんが飲み会で、互いに若いころ山に登っていたことが話題になり、中島さんや倉澤(利和)さん、吉野さんを誘って、2015(平成27)年8月に飯縄山に登ったのが同好会のスタートだ。当初は、石渡から見える周囲の山を目指したが、次第に難しい山にも挑戦するようになった。例えば富士山や白山(石川県)、立山連峰の雄山や大汝山(富山県)なども登頂した。1年間に4回から9回登っており、今年9月の御嶽山・剣ヶ峰で登頂座数は88座になった。目標は100座なのだろうか?

これから、について
5人を代表して、関さんが寄稿してくれました

「高齢者ばかりの5人のメンバーは、年々気力、体力、脚力、視力、能力(元々ありませんが)が衰え、これまでのようにいつまで登山を楽しめるか挑戦の日々です。しかし、会の目的にもあるように、人生を楽しみ、楽しさを3倍(三楽)にして過ごすことを忘れないで、と考えています。(中略)これまで培ってきた良き仲間との絆を糧に、体力を使わず、頭を使わなくて済む、唯々楽しい、そんな挑戦を考えていきたいと思っています」

私と登山

(山や仲間との楽しみなど、それぞれの思いをみなさんに書いていただきました)

倉澤 利雄さん(3常会)
「登山は就職後、職場の気の合う仲間3人が集まり山へ登ろうと話が合い、北アルプスを中心に南アルプスまで足を延ばしましたが、若さに任せた苦い思いもあります。退職後、離れていた山歩きは信毎のカルチャースクールの「山野に学ぶ」に参加、里山の樹木、山野草について忘れていた名前を思い出しつつ月1回冬季を除き山野を散策。
そして、今回は好山病(?)に罹患した石渡区の5人の方がそれぞれの思いを持って集まり素晴らしいサークルを結成、この年で山へ登れることは望外の喜びで、今後も助けられながら楽しい山登りを続けたいと願っています」

関 保雄さん(5常会)
「信州はどこを見渡しても山また山、3,000m級の山からハイキングに格好の低山まで沢山の山に囲まれている。これらの山を目指して私の登山は計画づくりから始まる。行き先が決まったら行程を考え、出発時間、帰宅時間は、下山後のお風呂はどこにする?等々。ここで満足し、登り始めた時、私の登山は既に終わっているのかもしれない。これが楽しい。信州を故郷(ふるさと)に持ち、信州に住んで本当に良かったと思う。私の登山は好山病万歳、信州万歳、ビバ Shinshu mountain。である」

倉澤 利和さん(2常会)
「以前は、ひとりで山城を訪ねていたのですが、あまり楽しくなかった。そんなとき三楽同好会に誘われ仲間になりました。苦労して頂上に着いたときの達成感と絶景の素晴らしさ!そして下山してからの温泉と反省会。いいもんです。仲間と一緒だからさらに楽しい。いい会に巡り合ったと思っています」

中島 弘さん(5常会)
「南アルプスが一望できる地で生まれ育ったが登山には興味なかった。社会人になって神奈川にいた頃同期入社の山好きの友人に誘われて秩父山系、丹沢山系を楽しんでいました。長野に転勤になり職場に「北信五岳を登る会」を作り仲間と制覇したが、その後登山とは無縁となり、70歳を前に三楽同好会に参加し良き仲間に助けられながら山登りを楽しんでいます。」

吉野 正年さん(7常会)
「高校生の時、生物部で毎週蝶の採集をしていたのが山との出会いです。今でも蝶が舞っていると、そちらに気をとられます。こうして集めた標本は、カツオブシムシという小さな虫に全部持っていかれ、鱗粉も残っていません。残っているのは針が一列に並んだ標本箱だけです。苦い思い出が重なった山行ですが、良いメンバーに恵まれ楽しみが尽きないといったところです」

登山記録
登山記録写真集で二度楽しむ
毎登山写真集として記録
一登山一冊の想い出
日本三霊山の御来光
2016/07/30 富士山
2024/07/20 白山
登頂の証

輝いてー私・仲間(第6回)

人と人との交差点を・・笠原千代子さん

「クオーレ プラス」
お客さんと談笑する笠原千代子さん。この店が、いろいろな人が語り合い、笑い合い、やがて交流が生まれる交差点になってほしいと願っている
朝、店の内外を掃除して笠原さんの一日がスタート
「今日は何人のお客がくるかしら」と手早く準備を始める

石渡区の中心を南北に走る県道沿いの、いこいの広場の一角に建つカフェ&スナックの名前です。経営するのが1常会に住む笠原千代子さん(65)。店の広さは約35㎡。「かなりのお客さんが入れますが、10人くらいがちょうどよい人数かしら」と笠原さん。午前8時から11時までが午前の部で、夜の部は6時から10時半。午前はコーヒーなど、夜はカラオケを楽しんでもらいながら料理やアルコールを提供している。定休日は日曜と月曜。収支はトントンだが、「あまり考えないようにしています」と笑う。

 そんなことより、大勢の人がここに集まって、楽しくおしゃべりをして元気になって、やがてその元気が地域に広がれば…というのが願い。石渡区や近隣の地域の人たちが気軽に集まれる地域の居場所、縁側、交流拠点になってほしいと思っている。

転 機

長野市内の会社に勤めていたが60歳で定年を迎えた。何かしたいと派遣に登録して好きな販売の仕事を始めた。バスツアーの添乗の仕事もあり資格を取った。そんな時、コロナ禍で当時の「クオーレ」が閉店になり、やってみないかとの声が掛かった。もともと人との付き合いは嫌いではないし、心配りやホスピタリティーもそれなりに自分にはあると思う。2年前の令和4年8月、旧名に「プラス」を加えて開店した。「私、石渡の生まれ育ちです。この地区が大好きです。地元の人にいっぱい来ていただき楽しく過ごせる場にしたい。頑張ります」と話す。

達成感のすばらしさ
今年4月に行われたに長野マラソンに出場。練習不足で記録はよくなかったが、「来年は頑張る」と意気込む
石渡八幡神社の前で「石渡RAN&WALK」の仲間たちとハイ・ポーズ(後列左から2人目が笠原さん)

 会社勤めをしている55歳のころだった。子育てが終わり、親も見送った。職場でみんなで走ろうとの呼びかけがあり走り始めた。平成28(2016)年に初めて長野マラソンに出た。そして完走。タイムは4時間21分だった。以後毎回出ている。目標は70歳まで完走すること。「走るのは苦しい。でもそうやって自分を追い込むの。完走した時の達成感はいわく言い難い」。昨年4月に7人で「石渡LAN&WALK」というクラブを立ち上げた。笠原さんを含む5人が今年の長野マラソンに出場した。

「石渡RAN&WALK」のメンバーが各地のマラソン大会で獲得した完走メダル。多くが笠原さんのメダルで、長野マラソンをはじめ沖縄・宮古島マラソン、東京マラソンなどがある
走れ、走り続けよ!!
シニア演劇アカデミーの演劇。笠原さんは出征を見送る母親役を熱演した

 俳優の西村まさ彦さんが主宰する60歳以上の市民劇団「シニア演劇アカデミー」にも令和元年から4年間参加した。いまはその卒業生15人でつくる「Nサバイバルシアター」に加わって、昨年12月に初公演を行い、今年8月にも朗読劇に挑戦する。一方でバスツアーの添乗員をしたり、得意のウオーキングや山登りツアーの企画にも関わっている。

Nサバイバルシアターでの出演(右が笠原さん)。シニアのお見合いパーティーを題材にした内容だった

 スナックの経営、マラソン、演劇、添乗員、民生委員・・・。さまざまな顔をもつ笠原さんだが、まだなにか関われるものがあれば「無理なく、でも積極的に関わっていきたい」という。「走れ、走り続けよ!」。そんな言葉が笠原さんの生き方から浮かんでくる。しかし、最後に「秋に初めて孫ができるんです」と柔らかい笑顔になった時、また別の顔を見せてくれた。

輝いてー私・仲間(第5回)

こころと体の健康を・・・石渡麻雀クラブ

真剣さとなごやかさと

 クラブの定例会が開かれた5月12日の日曜日、会場の石渡公民館を訪れました。麻雀は4人がひとつのテーブルを囲んでするゲーム。この日は三つのテーブルが並べられました。

3つのテーブルでいよいよ試合開始。それまでの笑顔が真剣な表情に急変。勝つ気満々です
「ウ~ン、いかん」とのため息に「人生これから」とのエール(?)。にぎやかです

 「今日は勝てそうにない」「とかなんとか言って」「お手柔らかに」。始まる前のライバル同士の交歓です。ジャラジャラとパイ(牌)を混ぜて積み上げ、いよいよ試合開始。と、それまでの笑顔が真剣そのものに。「ウ~ン、わからん」「若いころは相手の手が見えたけど、いまはだめだ」「トンビに油揚げだ」。ボヤキと悲鳴と奇声が交錯。いろいろ言いながらとても楽しそうです。

誕生とルール

 昔、公民館が主催した常会対抗麻雀大会がルーツとか。参加者が減少したのを受け、平成24(2012)年に好きな人を集めて石渡麻雀クラブが生まれました。会員は40代から80代の約20人。毎月第2日曜日が定例会になっています。会費は毎月1000円で試合に参加する場合はプラス500円。

 この資金は毎回の反省会や、最後の12月定例会後の忘年会と表彰式の費用に充てられています。その年の最高得点者など上位10人に記念品が贈られるほか、役満賞や皆勤賞、ブービー賞などの特別賞の表彰もあり、大いに盛り上がるといいます。全員に記念品という気配りも忘れていません。

ゲーム終了後は楽しみな反省会。「カンパ~イ」のあとは、ゲームの講評や病気自慢(?)。「これがあるからやめられない」との声も
昨年12月のゲーム終了後の反省会(忘年会)。1年間の成績に応じて表彰式が行われました。「おめでとう」「来年はどうかな」などお祝いや冷やかしの声が交じり合って、笑顔があふれました
加齢は平等 老化は個人差

 クラブの基本は健康麻雀。当初から参加している会計担当の廣澤幸一さん(67歳・3常会)が、麻雀が健康にどう良いのか熱く語ってくれました。「パイは手積みだから手先や指を使う。手元に来たパイを見て、どう組み立てていくかを考える、上がった時の点数の計算も素早く頭の中でする、自分の手だけでなく、3人の相手が捨てたパイを見ながら相手の手を推理する」。まだまだあるが、代表的なのが会話だという。ゲームの中で、あるいはゲーム後の反省会の中で仲間と冗談や悩みを語り合う。こうしたゲームと会話が脳の活性化につながり、ボケ防止におおいに役立つといいます。

 加齢はみんなに平等に訪れる。でも健康であろうとする努力は個人個人にかかっており、その努力の積み重ねが同じ年齢でもはっきり差が出る。その努力のひとつが麻雀ゲームなのでしょう。

面白い人生を
最高齢者の宮坂貞夫さんは、黙々とパイをつもります。「麻雀は頭を使うから面白い」と話していました
昨年のチャンピオン、小林通さんは「今年は静かにやるんだ」とか言いながらⅤサインを出し、2連覇狙いがありありです

 最高齢者は85歳の宮坂貞夫さん(6常会)です。宮坂さんに定例会に参加する気持ちを聞いてみました。「とにかく楽しい。指先でパイを探ったり手を考えたり、とても頭の体操になる。おしゃべりも楽しい」と話しています。

 同じ80代で昨年の最高得点者として表彰された3常会の小林通さん(81)も「家に閉じこもっているより、こうして大勢の人と冗談を言い合ったりするのがとても楽しい。病気などの不安はいっとき忘れるね」という。

 痴ほうや病気への不安、年金生活の苦しさ、政治や社会への不満・・・。老人にはなかなか住みにくい世の中になっています。でも、みなさんの様子を見ていると、「面白きこともなき世を面白く、住みなすものは仲間と麻雀」という言葉が浮かんできました。