輝いてー私・仲間(第14回)

情けは人の為ならず・・・
     青木正夫さん(75)

自治会活動
いつもマウンテンバイクに乗って出かけている

5常会の青木正夫さんは公民館の役員をしていて、令和8年度は文教部の部長となる。6年度は常会長をし、御柱を運営したので大変だったと話す青木さんは、75歳と思えないバイタリティーで、マウンテンバイクに乗って近隣に出掛けていく。

公民館行事の新春レクリエーション大会の受付をする青木さん(右)
公民館行事で5常会の方々との親睦会で楽しむ青木さん(左)
災害ボランティア21回
パソコンに撮りためた写真を説明する

青木さんは2004年から現在に至るまで、21回以上の災害支援のボランティア活動をしている。2004年の新潟県中越地震が初めてのボランティア活動体験で、新潟中越地震、能登沖地震、東日本大震災、鬼怒川の決壊、熊本地震、西日本豪雨、千曲川の決壊、新潟県上越市大雪被害、新潟村上市水害、秋田の水害、そし2024年~現在まで能登半島地震の復興に10回以上足を運んでいる。


資料を見せながらボランティア活動について話す青木さん
ボランティア活動で感じた思いを書いた投稿が新聞に載った記事
おばちゃんとの出会い
能登沖地震、石川県七尾市ボランティアセンターにて説明を聞く
猛暑の中での岡山倉敷水害の床下泥出し作業

新潟県に仕事で行っていた2004年、新潟県中越地震が起きた。見学するくらいの気持ちで車に乗りボランティアに向かう青木さん。そこで一人のおばあちゃんに出会い震度7の地震が起きた家の中の現状を目の当たりにした。生きた心地はしなかっただろうと心情にも触れた。そして寝る場所の確保、台所の片付けなどのお手伝いをして帰る時、潤んだ瞳で深々と「助かりました、ありがとうございました」と言われた。人生で初めて聞いた心の底からの感謝の言葉、苦しみの中でさえ生きる希望を失わなかったおばあちゃんとの出会い、そこで掛けてもらった言葉の重みを感じた事が、今も青木さんをボランティア活動に駆り立て活動の原動力になっている。

2019年千曲川水害でも活躍
千曲川決壊、赤沼水害現場、NHKが取材をした時の様子

地元の千曲川で2019年水害が起きた時も、ボランティア活動に参加した青木さん。被災にあった赤沼、穂保地区では最大3000人のボランティアが集まった。その時神戸から来てくれた高校生と出会い「僕は阪神淡路大震災を経験していませんが、あの時の恩返しです」と言って参加をしていた。ボランティアのパワーと人助けの魂を現場で感じた青木さんは、「困った時はお互い様」の暖かい想いが人と人を結びつけると話をしながら涙を浮かべた。今は後期高齢者の年齢だが、「80代のボランティア仲間に負けないように頑張ります」と意欲的だ。

一期一会
庭に出てスズメが来る木を説明する青木さん
新大阪駅にて、子供に人気の新幹線「ハローキティ号」の前でパチリ

朝は庭に来るスズメの鳴き声で目が覚めると、外に出て話ながら小さな生き物への関心も示す。
青木さんの趣味は“新幹線に乗って旅をする事”。「ただ飲んでいるだけの飲み鉄」と語る。旅の目的はスピードをつまみにビールを飲む事と、一期一会で出会った人と会話を楽しみたいと話してくれた。人と人は一期一会、ボランティア活動で仲間と出会い被災者支援をする青木さんと、新幹線に乗って人との出会いを楽しんでいる青木さん、どちらも人との出会いを生み出す。災害はいつ自分の身に起きてしまうかわからない。「困った時はお互い様」と助け合い、そして支えあいながら社会はあるのだと青木さんは教えてくれました。