あさひ大学「地域再発見(地域を学ぶ)」が開かれました

 「朝陽地区歴史探訪」は、朝陽公民館主催のあさひ大学の一講座として開講されていますが、毎年、ふるさと朝陽を学ぶ会会長を案内人に各区を探訪し、地域の歴史を学んでいます。

 今年は、南堀区の足立山長命寺、南堀館跡、槻井泉神社及び筆塚・飯縄社・金丸氏先祖霊神などを。石渡区は八幡神社、興隆山常岩寺、庚申塔、延命山地蔵寺、十王及び秋葉大権現と道祖神を探訪しました。

 石渡区の八幡神社は、天文三年に現在地に移り、天正年間に字二反田にあった諏訪社を八幡社に一緒に祀ったといわれています。又、神社前の道は、山道とよばれ尾張部から三才山までの主要道路であったようです。興隆山常岩寺は、境内や墓地に地蔵菩薩・六地蔵篋印塔・万霊塔があり、延命山地蔵寺は、1717年別峰宗見和尚により開山。1847年の震災で倒壊し、現在の本堂は安政6年に再建されたとのことでした。

【文と写真:石渡区広報部長 早川珠喜】

足立山長命寺 開基は西念坊で、駒沢(古里)、布野(柳原)に移って元禄13(1700)年に現在地に移りました

南堀館跡 内堀と呼ばれているこの地は、南北朝以前からあった館の跡で、室町時代に高梨氏、のち小田切主水が居住しました。

槻井泉神社 その昔、干ばつの折り、生井大神の児女の教えのまま、社地の槻の大木の根元を掘ると、きれいな冷水が惣然と湧き出したという言い伝えがあります。

筆塚 筆塚となった深沢直章は槻井泉神社の神官で。門弟に読・書を教えていた。

八幡神社 境内には、庚申塔・道祖神・蚕神・惣魂神などがある。

興隆山常岩寺の六地蔵

庚申塔 庚申信仰は、十干十二支の組み合わせで六十日ごとに回ってくる庚申の夜に行う行事で、もとは中国の道教にある。この塔は、長野市内でも古いものの一つです。

延命山地蔵寺 本尊は、延命地蔵で、享保二年(1717)、別峯宗見和尚や、小山田主膳(石渡村を支配した武士)によって寺が創建された。

十王像は、中国色彩が濃く異様な顔つきや服装をしている。

道祖神は、道の神、縁結びの神及び生産の神などいろいろな信仰の対象になっている。